国立教育政策研究所のリーフレットに関するお問合せについて

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2012年7月18日
株式会社 図書文化社



国立教育政策研究所のリーフレットに関するお問合せについて


 本年6月に国立教育政策研究所生徒指導・進路指導研究センター名で配布・アップロード(http://www.nier.go.jp/shido/fqa/FutoukouQ&A.pdf)されたリーフレット『不登校・長期欠席を減らそうとしている教育委員会に役立つ施策に関するQ&A』(以下「本リーフ」と略記します)について,教育関係者の皆様からいくつか問い合わせをいただきました。
  最も多かった質問は,本リーフの24ページに挙げられている「簡易式」心理検査は弊社で発刊しているQ−Uのことではないか?というものでした。
  結論から申しますと,Q−Uは,本リーフにいう「簡易式」心理検査には全く該当しないと考えます。以下にその理由を述べます。

心理検査とは
  心理検査(標準検査,教育・心理検査とも)は,認知面,情意面あるいは環境面等について,個人や集団の特性を客観的に把握するために,標準化の手続きを経て作成された測定用具です。
  標準化とは,実施条件・方法,採点,結果の解釈について厳密に基準を定め,検査の妥当性・信頼性を確認する一連の手順を指します。しかも,この手続きに係わる資料を,検証結果も含めて公開していることが原則です。
  このような手続きを経たもののみが「心理検査」を名乗ることが許されるのですが,残念ながら,公刊されているものの中には,標準化がされていない,ないしは標準化が不完全な「児童・生徒理解アンケート」の類いが存在するのも事実です。これらの非標準化検査はまさに本リーフのいう「簡易式」にあたるもので,アンケートとして状況を知るために利用することはできても,個人について支援の指針を得ることはできません。
  この点,Q−Uは上記の条件をすべて満たしており,日本テストスタンダード委員会の審査も受けている心理検査です。また,多くの学術論文で介入の効果や尺度の妥当性の検証に活用されていることからも,その精度の高さがうかがえます。
  とはいいましても,どのような検査にも測定の限界や測定誤差があります。Q−Uとて例外ではありません。利用者は,結果を絶対視することなく,観察等他のアセスメント情報と総合して活用することを心がけていただくよう,手引き等で常に強調しているところです。

集団式と個別式
  本リーフでは,ターゲットにしている検査が個別実施ではないことから,集団式=簡易式ととらえているように見受けられます。個別式の例として「発達障害の有無を判定するために用いられている知能検査」(24ページ)が挙げられています。
  たしかに,知能検査等の認知能力検査には「個別式」と「集団式」の区分があります。原則として個別式は器具を使って一対一で実施するのに対して,集団式は主に紙筆検査でクラス等の集団で行いますので,時間や労力の負担が比較的軽く,簡便にできることから,簡易式であり精度が低いとの誤解があることも否めません。しかしながら,個別式も集団式も厳密に標準化されており,妥当性・信頼性に関してはほぼ同等の結果が確かめられています。相違点とすれば,集団式は学校教育で必要とされる基礎力に重点を置いて測定することをめざしたもので,個別式ではより一般的な知的発達に係わる内容を多く測定していることでしょう。また,集団式は学年別に作成されることが多く,したがって学年の標準から大きく(±3歳以上)ずれた場合の尺度が用意されていない,解答の速さの要素が入るので知的作業が効率よく処理できない子どもにとっては不利になる場合がある等の理由で,個別式を改めて実施することになります。
  しかし,「個別式/集団式」の区分は主として認知能力等のパフォーマンスを測定対象とする検査に関する分類法で,人格や適応等の質問紙法を用いる検査では,通常はこの区分を用いません。個別式の人格検査,たとえばロールシャッハ等がありますが,きわめて特殊な用途のもので,学校教育で使われることはまれです。
  Q−Uは,自分自身やまわりの状態に対する子どもたちの認知を問う質問項目を通して,学校生活への満足感や意欲を把握するための質問紙法の検査です。これらを測定対象とする個別検査はありませんので,個別式ではないから精度が低いという表現は妥当ではありません。
  また,Q−Uは子どもたちにできるだけ回答への負担を軽減し,繰り返し簡便に実施して変容を見ることができるよう質問項目数を絞り込んで作成しております。しかも,標準検査として必要な妥当性・信頼性を損なうことなくこれを実現している点で,他の簡易式質問紙法とは一線を画しています。したがって,項目数が少ないから精度が低いという表現はQ−Uに関する限り当たりません。
  なお,本リーフには「もともと学級評価のために開発されたと聞いています。今では不登校やいじめの予防にも役立つという話になっているようですが・・・」(24ページ)ということが書かれていますが,これはQ−Uの開発史とは異なります。
  Q−Uはもともと90年代に不登校やいじめが急激に増えたことをうけて,学校でのストレスやフラストレーションを尺度化する必要に迫られて河村茂雄先生が研究開発したものです。ストレス・フラストレーションが高く,意欲の低下している子どもたちは不登校や長欠になる危険性が高いことから,未然防止のための適切な対応策を見出すために活用されていました。
  その後,学級崩壊など集団をめぐる問題が表面化し,集団内のリレーションやルールの定着の不十分さがその原因となることが突きとめられ,学級崩壊へ至るメカニズムがQ−Uを通して解明されていきました。その過程で,集団についても標準化作業が進められ,現在見られるような集団アセスメントとしての解釈基準が確立されていきました。

結果の解釈と活用について
  本リーフ26ページには,検査結果から問題が児童生徒に対して「ラベリング」や「偏見」を助長することを危惧する記述がありますが,Q−Uに関する限り,およそこのような活用法とは無縁であると考えています。
  たしかに,過去には問題行動の予測や治療を目的とした心理検査がもてはやされていた時期があったことは事実です。本リーフがいろいろと気を回しているのは,多分このようなものを想定しているからだと思います。しかし,現在学校で活用されている心理検査,なかんずくQ−Uはそのような検査とは発想が全く異なります。
  子どもたちは成長の過程でさまざまな問題に直面します。その代表的なものは,本リーフ(12ページ)でも挙げられている対人関係や学習面の問題をはじめ,進路の問題などの発達課題です。誰でもが出会うこのような課題で大きくつまずくことを防ぎ,健全な成長を保障していくためには,健康診断や「人間ドック」(24ページ)に相当するものが教育上不可欠です。
  Q−Uでは,子どもたちの発達課題について,所属する集団への満足感と発達課題への取組の意欲を総合的に理解することで,援助ニーズの程度に応じて,問題が起きる前に適切な対応を行い,全体として子どもたちの学校生活の質を向上させていくことをめざしています。したがって,本リーフがいうように単に援助ニーズの高い者(「問題児」本リーフ26ページ)を析出して個別的に介入することのみを意図したものではありません。
  もちろん,本リーフの指摘のとおり「人間ドック」を受診しただけで健康になるわけではなく,結果をさまざまな情報と総合してアセスメントし,それに基づいて対応がなされなければ実施した意味がありません。
  申すまでもなく,心理検査から得られる結果は,子どもたちの認知の世界をあらわしたもので,本人以外の人(たとえば教師)の認知とは必ずしも一致するとは限りません。検査結果と教師の観察をはじめとする様々な情報を総合することで,客観的事実判断に高めていくことがアセスメントの基本となります。実際に行うのはむずかしいことですが,Q−Uでは「K13法」という事例研究法を河村先生が定式化し,個人や集団のアセスメントの精度を高め,対応策の検討へスムーズに結びつくよう工夫しています。
  「K13法」をはじめ,Q−Uに関する研修会・事例検討会は大小あわせて年間500回以上全国各地で行われており,教員間でアセスメントする眼を養い,子どもたち一人ひとりや集団の成長を促す取組の研究に役立てられています。
  教育委員会単位でも,指導主事を中心に,アセスメントならびに本リーフにいう「集団づくり」や「授業づくり」を含む対応策の検討を組織的に実践して成果をあげている地域が数多くあります。「そうした取組で実際に児童生徒の変化が確認できたとするデータはこれまでに公表されたことはありません」(12ページ)とありますが,これは多少実際と異なります。子どもたちの実態に応じて,授業や活動を工夫したり,適切に計画されたグループアプローチを行うこと(近年ではガイダンスカリキュラムと呼んでいます)によって効果が上がったとする実践研究は枚挙にいとまがないほどです。
  私どもとしましては,今後ともこのような実証性のある教育実践の推進をサポートしていきたいと考えております。


以下に,参考となる文献を挙げておきます。

*心理検査の規程,要件に関する基本文献
  『テストスタンダード』 2007 日本テスト学会編 金子書房
*Q−Uの手引・・・検証データも公表しています
  『Q−U実施・解釈ハンドブック』 1998 河村茂雄著 図書文化社
*早稲田大学河村茂雄研究室のホームページ・・・開発者の意図や関連情報を読むことができます
  http://www.waseda.jp/sem-kawamura/about/outline/
*教育委員会での取組をまとめたもの
  『教育委員会の挑戦』——「未然防止への転換」と「組織で動ける学校づくり」2011 河村茂雄編著
    三重県教育委員会協力 図書文化社
*学校での取組をまとめたもの
  『公立学校の挑戦 小学校』——人間関係づくりで学力向上を実現する 2010
  『公立学校の挑戦 中学校』——人間関係づくりで学力向上を実現する 2007
  いずれも 河村茂雄・粕谷貴志著 図書文化社
*ガイダンスカリキュラムの実践をまとめたもの
  『社会性を育てるスキル教育 教育課程導入編』 2008 國分康孝監修 清水井一著 図書文化社


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